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勝つな! ハルウララへの応援から


 3月19日、「廃置分合」 ということで、10月から本川村は「いの町」になることに決まった。本川村長沢はいの町長沢となり、「本川」の名前は消える。「ここから本川村です」の看板も撤去され、瓶ケ森や寒風山に行く時も「いの町の山へ行こうよ」という会話になる。本川村自体がバーチャルなってしまう!?

 3日後の22日、勝つ天才と負ける天才が合体するとどうなるか、高知競馬に注目が集まった。武豊は約2秒の壁(直近数試合のハルウララの1位からの差の平均)に挑んだが、僅かも縮めることができなかった。
 ハルウララは武豊を背中に感じたのか聞く術もないが、大舞台にかかわらず、マイペースを崩さなかったわけだ。北海道から高知に来てもう8年になるというハルウララ、すでに“いごっそう”の心を身につけたのだろうか。
 人は105連敗と言うが、ハルウララに「負け続けている」意識はない、はず。ハルウララは、ただ走る、ひたすら走る、走れるから走る…。

 そんなハルウララを処分対象の馬と考えず、馬が好き、競馬が好きという単純な思いの人々は、調教を続け、声援を送り続けた。「勝ち」の方向を敏感に感じ取り懸命にそちらになびいていく調教や声援ではなく、一方ハルウララも「今日こそがんばろう」なんて力むことなく普段通り人目を気にせず自分を主張した、そんな人と馬の物語が、いま注目を集めているのではないだろうか。
 無理をしなかったから105戦も出場できたわけだし。

 いったい本川村はこれからどうなるのだろう?
 人口が減っても減ってもあきらめない気持ち、合併しても地区の発展を考え続ける仕組み――これを捨てるわけにいかない気がする。本川に住んでいなくても、村のよさを守っていこうとすることに共感する気持ちを多くの人が持っている。「勝ち組」に入っていれば安心ということではないと思う。全国の人の声援を得ながらマイペースの「村」づくりを進めていくことができないだろうか。

 バーチャル本川村は、本川にこだわり、村にこだわり、消えかけている日本の“ふる里”を維持するべく村づくりを進めたいと思う。10月、「いの町」になったその日以降も、何事もなかったように、トンネルを抜けたら、そこには「本川村」があるのだから。

(2004年4月1日)


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